2018年7月16日月曜日

因縁

「十二因縁」を、
静観するだけで、
ひとつの俯瞰意識を得ることができる。
それほど強力な観念だ。

「倶舎論」にある。
因果の法則を明らかにできたとき、
因果の法則への無知が、
無知による行いが、
苦悩の原因だった、とある日、理解したとするならば。

そのとたんに苦悩が消え、
苦悩の根源の無明、も消える。
輪廻がなくなる。
そう書いてあるなら、
救いがある。

無明は、心の制御がされなていない状態を指すのだろう。
無管理の状態を指している。
自分の心が、
因果の法則を冒涜しているなら
すべての悪が起こりやすい。
無明のままに、どれほど無駄に生きてきたか。
どれほどの罪障を積み上げてきたか。

ただ空海は、「秘蔵宝鑰」の中で、
それを滅することができる方法を示す。

 法を聞くこと。
 正念を起こすこと。
 心一境性(心をひとつに集中する禅定)。
 毘鉢舎那。
 不来智(みずから悟る智慧。根本智)。
 如来智(ほかを利益する智慧)。
 無生の理を観察する。
 具足行。
 尽智と無生智。
 真諦の理を覚悟する。

これらが因となり縁となり、
悪しき因縁を消滅する。
よくわからぬ。

翻って、
無明は、不正思惟から起こる。
不正思惟が因となり、
無明が縁となる。
無明が因となって、
行が縁となる。
すなわち、
煩悩が因となって、
業が縁となる。
これはわかる。

空海が言う。

 如来は、
 一切の静慮、解脱、等持、等至。
 つまりは心の静けさ安定を徹底することで、
 正起の因縁を、
 煩悩を、滅した。

ライトボディ覚醒のちの
「周波数」や「ルミナスボディ」の瞑想は、
ここでいう「静けさ」を得た段階かもしれない。









2018年7月5日木曜日

修行

燕が窓の外を、座しているわたしとほぼ同じ高さに、飛んでいく。
加藤精一訳による空海「秘蔵宝鑰」を読む。
加藤精一は読みやすい。
というよりも、思索が膨らむ、というか。

千二百年前の、
空海の、修行のための方法論である。
そのひとの進化に応じて、
十の階層に分け、
より高い意識へいたるための、
修行の方法が、書かれている、と受けてもよい。
あくまで空海独自の修行は最終十住に示されるのではあるが。
そうして、「高い意識」の階層を細かに描写する。
おそるべき書物ではあるのだ。

現実の世界はせいぜい第3住ぐらいまで。
わたしたちの悩みが起こっている場所なのだ。
井筒俊彦のいうように、
空海の言語、空海の見ていた世界は、次元が異なる。

ひとの進化の違いというものは、
ずいぶんあるものだ。
曼荼羅は進化の違いを、
しらしめる象徴でもある。
登場する修行、
仏教霊性上昇へのアクションの名を、羅列してみる。

ひとびとが目の前の利益だけを考えて、
因果の理法をしらないところから始まる。
第七住以降は、理解を超える。
次元をひどく超えていく。

「五戒と十善」
「六斎日に施す」
「空三昧」
「三学」
「中道」
「天を供養」
「天を選んで信授」
「空の了知」
「三蔵を学ぶ」
「四諦の観察」
「三十七菩提分法」
「二百五十か条の戒律」
「四念処」
「八背捨」
「布薩」
「夏安居」
「浄語」
「生空三昧」
「神通力」
「等持」
「五停心観」
「数息観」
「不浄観」
「四念処観」
「二百五十戒で八難離れる」
「唯蘊無我の理解」
「生滅の観察」
「断見常見の排除」
「極観察智」
「声聞の三昧」
「名号を唱える」
「一字の真言を讃ずる」
「経典の読誦、仏像礼拝」
「経典の誦持」
「如来の教えをおこなう」
「仏法帰依」
「六度の行」
「悪を断ずる」
「断悪修善」
「善を修する」
「出家させる功徳」
「十二因縁を観ずる」
「無言の生活----縁覚」
「因果を観察」
「他円大乗心」
「二空」
「三性の教え」
「四摂法」
「四無量心」
「阿陀那識の思惟」
「資糧位の三種の練磨心」
「四弘誓願」
「加行位の心一境性」「心の専従」
「唯識に熟練する」
「通達位」
「修習位の八正道」
「同事」
「六神通」
「転識得智」
「六波羅蜜の修習」
「煩悩障と所知障を断ち切る」
「六度万行」
「八不」
「瑜祇行」
「戯論を断つ」
「一切如来の行」
「鼻の先で月輪を想像する」
「オン字を観想する」
「一切如来一体速疾力三昧」
「百字輪」
「十二字」
「金剛界三十七尊」
「四智印の三摩地」
「極秘密三昧」
「甚秘密瑜祇の観」
「日輪観月輪観」
そうして
「阿字観」
「五相成身観」
「三摩地法」
「金剛界と胎蔵法の秘蔵」へと。

具体的な修行はいかに。
それはどうしたら実践できるだろう。