2018年1月6日土曜日

ヘルメテイカ13

阿蘭陀独活

紀元前に希臘語で埃及に残された、
「ヘルメティカ」の和訳を読んでいる。
ほぼ全篇が、宗教哲学、形而上学を内容としているが、
当時の形而上的空気、表象の形もさらに難渋だ。
前提として、秘儀の場において、
意識の高みから語られている言葉、だと思うべきである。
東西宗教のいずれかの秘儀の場を経験していると、
多少の理解はありえるかもしれない。

ヘルメテイカ13「再生と沈黙の教えについて」。
「隠された歌、第四詩」は、
秘儀の場での、祭文、式文ではないかと言われている。
ヘルメスが子に向かい、

 このことを学んだ今、
 優れたことについて沈黙を守ることを誓え。
 誰にも再生の伝えを明かしてはならない。
 それは
 わたしたちが、あばくもの、とみなされないためである。

と語ったときに、沈黙の重さを知る。
伝えは明かされるものではなく、
秘されるものだ。
逡巡するのだが、
ヘルメティカの輪廻転生そして帰天の秘を書かずにおれない。
ヘルメスはさらに語る。

 これは教えに拠らず、
 沈黙(シゲー)のうちに隠されている。
 
そうして、
沈黙の内に隠されてあるものを見出すには、

 開けた場所に立ち、
 太陽が沈むころに、
 南方に向かって拝せよ。
 太陽が昇るころに
 東方に向かって拝せよ。

というのだ。
「隠された歌、第四詩」は朗誦すべきものだろう。
進化には照射が伴うだろう。
叡知(ヌース)が照射されるためにだ。

 自分のうちにそれをひきつけるのだ。
 そうすれば訪れる。
 意思するのだ。
 そうすれば起こる。
 身体を停止させよ。
 そうすれば神性が誕生する。
 質料のロゴスなき懲罰から、自己を清めるのだ。









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