2017年12月2日土曜日

色彩論

弘道館梅林

写真で表現しているのは、
エーテル界かもしれない。
太古の神々による
まだ物質化していないはずの、
自然の、
受肉前の光の、
残像かもしれない。
水戸市の4階の事務所から見る、
西の夕景は、
ロマン派の風景画に似ている。

ルドルフ・シュタイナーの、
1929年のドルナッハでの講義「色彩論」を読む。
印象的な言葉を拾う。

 緑色を生むのは月の力。
 緑色からほかの色へ移るために日の力。

 植物の個々の色調をやや暗く描く。
 その上を白っぽい黄色の輝きで覆うこと。
 このとき風景画が表現できる。
 この感覚は、
 宇宙から地上へ輝きとなって注ぐもの、
 光り輝く宇宙を表現するために不可欠なものだ。
 宇宙を、
 風景の上に流れる輝き、
 として描かねばならない。
 これ以外に、植物の営みの秘密を、
 つまり、植物に覆われた自然の秘密を、
 絵画的に表現することはできない。
 輝きの性格を、そのうえに注ぐ。

 黄色は放射しようとする。
 黄色は霊のかがやきである。

 青で一面描くなら、
 超地上的世界を、地上界に引き入れる。
 青が一様にあるなら、神がそこに働いている。
 青は魂の輝きである。
 赤は生命の輝きである。

 黄色の中に霊的なものがある。
 黄色の中に霊的なものを見上げていた。
 その霊を地上にも持ちたいと臨んだ。
 チマブエのように、
 画面に黄金色の地をつくったとき、
 地上に霊のための居場所をつくった。
 そして天上的なものを現出させた。

 太古の神々の行為を
 緑の、植物界の、自然の中に見る。
 この世の色は、
 物質にむずびついていない
 神々の思いである。
 色彩は太古の創造のときに
 因縁として存在するようになった。

 色彩遠近法によって、
 絵画は霊的なものとの関係を得る。

 神々が事物を通して語るので、
 色彩がある。
 芸術の創造と享受がこれによって力を得る。

あとがきに、シュタイナーによるマントラが紹介されている。

 エーテルの海の輝く色
 その輝きのなかで光の精霊が
 人間の魂に霊性を生じさせた。
 今、暗い物質界の色の中で
 魂は光を求め
 神霊の世界へ到ろうと勤める。
 神霊が人間の魂を力つけるとき
 人間の魂は、
 宇宙エーテルの中に
 光の源を探し求める。

これらを反芻しながら、
風景に、植物に向かう。


 







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