2017年10月24日火曜日

光の形而上学へ



占星術師の鏡リュウジが、井筒俊彦の「神秘主義」の定義を書いていた。
次のようなものだ。

 現実は垂直的多層性を持ち、
 通常認識されている以上の次元が存在する。
 それに相当する意識の多様性が存在し、
 意識の水準が変化すれば、
 現実の表れも変化する。
 
 意識が深まるほどに、
 表層的現実の背後にある存在-----「本質」の実相が、
 さまざまなイマージュとして浮かび上がる。
 その顕現、
 その表現、
 が
 さまざまな神秘主義の流派となっているのである。

かなりわかりやすい。
意識を研ぎ澄ます必要は、
高度に意識を研ぎ澄ます必要は、
その過程で現れるイメージに、
触れる、
抽出する、
渉猟する、ためのものだ。
そこに詩歌俳の世界もあるのだろうけれど。

井筒俊彦の生前最後のメモに「光の形而上学」とあった。
その流れをこれから追っていこうと思う。

アレテイア(真理)とは「隠れなきこと」という意味だ。
真理と光は同一視されるものだが、
パルメニデスとプラトン、
受け継いだ新プラトン主義者プロティノス。
〈光の形而上学〉を指していたのだろうか。

あるいは、ネオプラトンの、
シャハブッディーン・スフラワルディーの、
「照明派」学派を指していたのだろうか。

意識の多層性の中を上昇する努力を続けよう。
精妙な衣を纏え。
何も知らずに死ぬのは罪だ。










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