2017年9月17日日曜日

三 蔵


上田敏の訳詩集の名「海潮音」が、
佛の聲、という意味だと知ったとき、
明治期の、ある文学者の深層より、
脈々たる日本仏教の霊性が奔出したのだ、と思わずにはいられなかった。
だから、
上田敏から北原白秋へ続く美しい日本語、はわたくしのテーマだ。

結論から言うと、
わたくしの人生はとても間違っていた。
真理を知らずにいた。
此岸と彼岸は連絡していて、死後は間違いなく彼岸にゆくのだが、
此岸で彼岸を信じ、できるだけ人を幸せにすることだ。
言葉と態度を正しく、やさしくするだけでもよい。

ただ、真理は掘り出すべきものでもあるだろう。
「昭和新纂国訳大蔵経」第2巻「解説部-仏典解説」(1930)を読んでいる。
釈迦入滅後に生まれた仏典が300以上もあり、
おびただしい訳僧、三蔵法師らによって、音写による漢訳が、ある時代まで行われた。
これら経典の多くがこの日本においては、忘れられようとしている。
このひとつひとつの経典に、
此岸と彼岸を貫く、厳かな真理が綴られていること、を改めて知る。

唐の義浄が訳した「金光明経」は国家守護、
天部崇敬の経典。
聖徳太子の四天王寺は、この鎮護国家の教えをもとに造られた。

唐の智通が訳した「千眼千臂経」は、
千手観音の大用を説き、
25の印契と咒を明かしている。

「観弥勒菩薩上生兜率天経」は、
弥勒菩薩の住んでいる兜率天の相を明らかにしている。
未来世を思い、戒を持てと勧める。
「兜率往生」は「極楽往生」とともにかつては盛んだったらしい。

本邦仏典の項も初めて知ることが多く、興味深い。
いずれのかたがたも、巨人として、立ちはだかる存在に見える。

華厳宗から真言宗に帰した明恵の「光明真言土砂勸記」は、
「光明真言」の23字の字義、功徳を説く。
現代と異なり、多数の著作の中でもこの一書を取り上げているのはなぜか。

円仁の「金剛頂大教王経疎玄談」は、
密教史上不朽の功績だそうだ。

空海の「般若心経秘健」は、
密教から心経を説く。

元寇を予言したのは僧日蓮。
太平洋戦争で国土の焼け野原を幻視したのは、古神道家の出口王仁三郎。
いずれも迫害を受けた。「空襲警報」の鳴る中で、思い出した。
仏教について、何も知らずに、ここまで来てしまった。
あと15年全力を尽くそう。
詩歌俳でしたように、
ひとつひとつの仏典の概念を確認し、多方面から眺め、
加えて、写経するのだ。
彼岸を知り、過去、現在、未来を知る道があるはずだ。
きのう、
真言宗六地蔵寺の住職が、
空海は加藤精一訳がよいと勧めてくれた。
深いところから言葉が出る住職だった。
中村元の仏教語辞典は旧来の仏教観で弊が多いという。
唯物史観が支配しているそうだ。












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