2017年7月22日土曜日

多田智満子

明け方の歴史館の古代蓮

 詩人で、植物愛の旺盛だった多田智満子の、
高橋睦郎の編集による句集「風のかたみ」(2003)を読む。
装丁も含めた丁寧なつくりから、
大切な人を、逝く人を送る、とは、
こういうことなのだという見本のような冊子だった。

池澤夏樹が

 言葉をたぐっただけで、
 身はその場にありながら、
 魂はどこまでも遁走することができる、詩人の本領。

と書いたとおり、言葉から触発された、軽身な、涼しげな句群だった。

菊判、12ポイント活字で、
天地左右3㌢の大きな余白を取った本文組に、151句。
突き抜けて形而上的で、境涯句がひとつもないのが、すばらしい。
句集の役割とは何か、とつくずく思う。

葛原妙子、山中智恵子を敬慕していて、
「浮世離れ」「宇宙の立法のひと」という評価もあったようだが、
書く行為を貫き通し、
数十冊におよぶ多産な詩集、翻訳、随筆の最後が、句集とは。

そういえば、多田の同人詩誌「饗宴」を二〇歳代のはじめに、池袋で入手した。
なぜ買ったのだろうか。それを
35年後に思い出すとは、不思議だ。

  草の背を乗り継ぐ風の行方かな

句集の最後を飾る一句は、しかし、
嵐雪の辞世を、知っていたわけではあるまいが。












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