2017年6月3日土曜日

摩訶止観


6月3日午後6時の短い逆光の時間に千波湖畔で


歌人山中智恵子の「明月記を読む」(1997)に、
歌人藤原定家が、死ぬ十年前の1229年秋に、
九ヶ月におよんだ「摩訶止観」十巻の筆写を終えたことが記されている。
出家する3年前、小倉色紙が生まれる7年前だ。

天台止観を構成する、
三種止観(円頓止観・漸次止観・不定止観)と、
四種三昧(常行三昧・常坐三昧・半行半坐三昧・非行非坐三昧)と。
機縁ノ然ラシムルカ…と、定家は明月記に記し、何より喜びを感じた。

書く、ということは、宗教的行為だ。
宇宙の真理を伝える書の、書写という行為で、
たましいが、聖性を帯びる。
だから、やればいい。

「高僧伝」「弘賛法華伝」「華厳経伝記」などには、
書写が、奇跡を発現し、功徳による救済があるという。
平安、鎌倉のひとびとの精神世界だけでなく、
現代人にとっても、
それはたましいに落ち着きをもたらす。

筆写を終えたころ、都の上空には、
奇星が出現し、定家は新星出現の古記録を、調べた。
同じころ、夏梨、柑子、真木椿、御山空木、白萩などが贈られ、
庭に植えた。
同じころ、定家の家の前の通りは、群盗であふれ、
死体が積み重なった。


















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