2017年4月14日金曜日


「神社と鉄についての調査報告」(1987、山陽放送学術財団)は、
備前を中心としたエリアの、吉備津系神社と古代の鉄生産の関連をまとめた冊子だ。
当初は桃太郎伝説を掘り下げる試みであったようだが、
常陸国に関連する記述があって、興味深い。

たとえば、久慈川南岸の高台で畑地が広がる水戸北方の額田。
額田氏が住み、鉄産地でなかったかという指摘がある。
吉野裕によれば、額田は土処田とも書く。
産鉄場を指している。
天目一箇神(一つ目小僧として知られる神)を奉り、
金属鋳造を専業とした技術者の氏族のようだ。
新撰氏姓氏録に出ている。

吉野の指摘で展開できたのは、「仁方(にかた)」である。
播磨国佐用町仁方からは、
日本でもっとも古いたたら跡が発見されているのだそうだ。
額田の西北役20キロの、
久慈川が阿武隈山塊から平野部へ広がりはじめる山方町。
二方(ふたかた)という地区がある。
仁方との類似。ここはもしや、
額田と同じかもしれない。
久慈川沿いの、古代の、たたらのひとびとの住まった場所。

若尾五雄さんは、額田のぬかとは米の糠のような微細な粉を指し、
ヌカとはむしろ砂鉄、を意味していたという説を書いている。
どうだろうか。










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