2017年3月26日日曜日

柿本人麿



「天数」という枕詞は、

 アマカゾフ
 アメノカズ
 アマツカヅ
 ソラカゾフ
 アマグモノ

といくつも読めるらしい。
意味は「おおいなるもの」である。
天とはおおいなるものの意味なのだ。
ほかに「天」の枕詞は、

 あまざかる
 あまとぶや
 あまてる
 あまづたふ
 あまごもり
 あまつどふ
 あまさはり
 あまつつみ
 あまきらふ

などがあるのだが…。
天を、あまとはもはや呼ばないものの、
あまと呼ぶ精神性を尊びたいのだ。

柿本人麿の古語に取り組んでいる。
万葉集における人麿の枕詞は180あり、
うち半分は人麿初出であり、最後でもある。

茂吉のいうように、初出ということは、
声調を整える意味合いの深い
人麿の創作、と指摘もあるのだが、果たしてどうか。

当時すでに古語であった枕詞を
万葉歌頂点にあった人麿が
吸い上げたとみたほうが自然だ。

人麿の枕詞の中に、
縄文弥生の言語感覚を読む。
その言語感覚とは
当時の人々と原始的な自然との間の関係を
つまりはアニミズムを
物語っている内実のことだ。

古代人の言語に託した関係こそが重要と思う。
古語は今も日本語の基幹をなしている。
古代人たちが古語に託したモノを
作句に取り入れていく、のがわたしの仕事に違いない。

古語で季感を表現する、一言でいえばこうだ。
すでにわたしのなかにある結論を申せば、
縄文語、弥生語を知ることが先なのだと。

斎藤茂吉「柿本人麿」(全集15-17巻)は大著だが
短歌長歌の評釈だが、日本語の宝の箱だと感じる。
賀茂真淵、契沖、仙覚ら江戸時代の復古主義者たちの
言説、解説を丁寧に拾っているのだ。

この評釈を読み続けているうちに、
ぽろりと落ちてくる古代人の自然観。
それが急反転して、霊感になる。
古語が自然の本質のようなものを捉える鍵、になっていく。











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