2017年1月9日月曜日

安水稔和

冬萌の檸檬

安水稔和の詩集「久遠」(2008)を読む。

あの大津波のころに一度住んだ、
松本市里山辺という扇状地の集落の中心の、
村社の入り口に石碑が二つあった。
ひとつは江戸時代の俳人の加舎白雄。
ひとつは江戸時代の本草学者、菅江真澄の碑。

菅江真澄は、三十歳で尾張国を出奔、
蝦夷をめざし、塩尻(洗馬村)に一年滞在した。
それで松本をしばしば歩いた。
この村社にも立ち寄った。
そんなことが 刻んであった。

菅江真澄は薬草の知識が豊かで、
総称「菅江真澄遊覧記」は旅日記と
多数のスケッチとでできている。
「外濱奇勝」では、安倍氏の遺跡を探り、
源義経の伝説を記述し、十三湖の風景を記録した。

蝦夷の地のおびただしい地誌だ。
安水の詩は、菅江の記録から触発されてできた。
詩のひとつひとつに、
菅江の文が添えられている。
菅江の歩行が、
安水の記憶の古層、
を呼び覚ましているようだ。

ただ、
詩と呼ぶべきかどうか。













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