2017年1月27日金曜日

一つ目小僧


角川春樹の句集「一つ目小僧」(1982)を開く。
森澄雄との対談「俳句の虚と実」が載っていて、おもしろく読んだ。
角川春樹の俳句は、「虚」だという。

 森  意味のない大きな意味というものがある。
 角川 たとえば、言葉を重ねていくだけで、意味がなくても、リズムが出て、
    句をおもしろくする。
 森  写生派には、実があっても、虚がないんだ。

簡単に終わるのは、仕方がない。
それでも角川春樹の句を知るものには、その立つ位置がわかるだろう。
「意味のない大きな意味」とはなんだろうか。
山本健吉はそれを、

 意味、観念、思想、写生を超えたもの。
 俳句、その器を満たすもの。
 折口信夫がかつて言った
 意味を超えた短歌の無意味のよさを俳句に転じると、
 その器を満たすものとして、
 俳とか虚、軽み、といったもの。

と説明している。

さて句集の名の「一つ目小僧」はといえば、
柳田国男によれば、
妖怪は神が零落した存在。
一つ目小僧は、山の神の零落した姿。
山ノ神は眇(すが)め。
たたら製鉄者にとっての天目一箇神。

  ぼたん鍋一つ目小僧の山ありぬ
  きさらぎや一つ目小僧山より来
  北風吹くや一つ目小僧蹤ひてくる


















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