2017年1月20日金曜日

朦朧体

キツネノマゴ科の花

ピクトリアリスム(写真の絵画主義)は、主要なテーマ。
ひびのはいったライカのズミルクスで、
軟焦点写真を撮るわたしは、
その「源流」を探している。
明治の画壇、日本美術院が端緒の、
ぼかしと濃淡の手法「朦朧体」はなぜ生まれたのか、が気になった。

江戸からの狩野派、浮世絵を見渡しても
それまでの日本美術は、
霧、雨、湿気、夕暮れや月の光を
線のないグラデーションで描くことはできなかった。
そのような意図がなかったのではなかろうか。

横山大観、菱田春草ら朦朧体の画風成立を描いた
佐藤志乃の「朦朧の時代」(2013)を読む。
明治の美術評論で、大変な労作だ。
いつかこのような美術史をめぐる論をつくりたい。

明治中期、留学から戻った外光派の黒田清輝ら白馬会。
関心の中心は、光と色彩だった。
刺激を受けた岡倉天心が、
「空気、光線を描く方法はないか」と周囲に語ったことがきっかけらしい。
横山大観と菱田春草らがこれに応える。

 空気や光線の表現に、空刷毛を使用して、
 ひとつの味わいを、呼び出すことに、成功した。
 朦朧派という罵倒嘲笑を受けることになったが。

と横山大観は証言をするのだけれど、
輪郭や色彩はきっぱりとした明瞭さはないものの、
空気、霧、靄、雨、光をとらえる、
自然観照のための新しい技術を生み出したということのようだ。

もちろん岡倉天心らは、
素朴な自然描写で満足するのではなく、
月という題でも、
月が描かれないで、月明かりを表現する、というような
直接表現を避けた抽象性、暗示性、象徴性を求めていったという。










 

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