2017年1月14日土曜日

古代緑地


古生物学者の井尻正二あての献呈自筆署名本、
1950年の吉田一穂第5詩集「羅甸薔薇」(ROSAE LATINAE)を
長い間、もてあましてきた。

詩句にひきつけられてきたものの、
理解できなかった。
野尻湖発掘の井尻正二との関係も気になっていた。

ところが、
堀江敏幸の「余りの風」(みすず書房)所収のエッセイ「詩胚を運ぶ鳥」で
展開されている吉田一穂論を読むことで、
ようやく理解へ一歩進んだ。
井尻と一穂は古代幻視を共有していた。

二十個の短い思索が続くこの論は、吉田一穂の詩語を
ひとつづつ読み解いていく形をとっている。
隠喩に満ちているところが、実は、心地よい。
隠喩のすべてを理解する必要など、ない。

吉田一穂の「古代緑地」。
それは「極」へいざなわれる本能の求める
約束の地、のことだった。

ポーラリゼーション。
約束の地である極北へと向かう
人間の体内の本能、を一穂はそう呼んだ。

十九世紀、独領ヘルゴラント島の灯台に
何万羽というわたり鳥が次々激突して横死した事件。
極北へと向かう「通り道」にできてしまった灯台が
鳥たちの命を奪った。

体内にある古代緑地を目指す本能。
どこを向けば、幸せになれるか。
ほんとうは知っているんだ。
鳥のように、昼間の星、を観る能力もちゃんとある。










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