2016年12月4日日曜日

神仙体

ふたたびブルーベリーの紅葉。


しばらく前に、雪舟の偽落款のある山水画帖24枚が手元にあった。
偽落款ではあったが、古さは室町から江戸初期だった。
狩野探幽の極めもあった。
中国北宋あるいは元の、
禅と神仙隠遁思想を背景とする「瀟湘八景図」を主題とした24枚だった。
画風は夏珪に似ていた。描いていたのは気象だ。
儀落款ではあったが、本物だった。
なぜ本物か言えば、
その後時代を下った山水画の数々を、
美術市場、展覧会で眺めるたびにまったく気に入らないのだ。
単に構図を模倣しているだけなのだ。没入できないのだった。

一度本物を知ると、こうなる。

さて夏目漱石と高濱虚子は「神仙体」なる句をいくつも作っていたようだ。
このことを知ったとき、真っ先に偽雪舟の山水画帖の世界が頭に浮かんだ。

 この神仙体の句はその後村上霽月君にも勧めて、
 出来上った三人の句を雑誌『めざまし草ぐさ』に出したことなどがあった。

 神仙体云々のことは既に前文に書いた通り、
 漱石氏と道後の温泉に入浴してその帰り道などに春光に蒸されながら
 二人で神仙体の俳句を作ったのであった。
 
 そこで一緒に出かけてゆっくり温泉にひたって、
 二人は手拭を提げて野道を松山に帰ったのであったが、
 その帰り道に二人は神仙体の俳句を作ろうなどと言って、 
 彼れ一句、これ一句、春風駘蕩たる野道をとぼとぼと歩きながら句を拾うのであった。

                                (高濱虚子『漱石氏と私』)

実際どんな句かはわからない。
山市晴嵐、遠浦帰帆、漁村夕照、遠寺晩鐘、瀟湘夜雨、洞庭秋月、平沙落雁、江天暮雪。
このような主題の句は漱石にも虚子にもいくつもあるのかもしれない。
神仙体は大観や春草の朦朧体につながっていくようでもある。










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