2016年3月30日水曜日

岡麓の信州明科



俳人、歌人の自筆は、わたくしにとって、そのひとへの入り口になる。
入手するたびに、わくわくする。
どんな作品世界があるのか、知りたくなる。
活字よりも、何倍も、その詩歌俳人の世界に近づける。

アララギ派の岡麓(明治10-昭和26)。
長く聖心学院の書道教諭だった。

  野茨も忍冬も
  這ふいし垣に
  花かほりあふ
  高瀬川の上  麓

昭和23の第5歌集「涌井(わくい)」所収。
578首が入っている。
いずれもが、アララギ同人の世話によって、北安曇郡染村内鎌に疎開した後の歌だ。
犀川が流れる信州明科だ。

信州松本へ都合7年暮らしたわたくしには、
所収の歌の数々の風景がよく見える。実によく見える。
信州の自然と農村風景への写生。

  岡麓は、信州の或る百姓家の土蔵のような二階で晩年を送り、
  去秋、さびしくなくなったが、茂吉から先年、麓を芸術院会員にしてくれと、
  たびたび手紙を遣したが、それが麓を楽にするためだったことがわかった。

と室生犀星は書いていたようだが、
信州に暮らしたものとして、
それは、すこし違う。

信州の水と空の澄み切った暮らしに
晩年の岡麓は、驚いては満足していたに違いないのだ。
「涌井」では、安曇野の自然が写生されている。
関東と異なる自然と村を、描き続けることの喜びばかりが、わたくしには浮かび上がってくる。
終の棲家で、ほんとうの詩境を得たのだと思える。


  このごろの雨夜ふりて朝やめば植えつけ稲のそだちゆくなり
  夕露の早くも降りてぬれをりとたちとまりふむ道のべのくさ
  わが庭におふる弱草そよ風の吹くがまにまにおきなおりつつ
  安曇にはありといふなる梓の木いまだ見ざるに春めぐり来ぬ
  くこもがもうこぎもがもと待ちつけしたきまぜ飯をわれにくわしめ


村の中にいなければわからない。
驚きをもって眺めているようすがわかる。

  岡麓は信州に移って、歌がすばらしくよくなった。

茂吉はそう言った。























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